今のしあわせについて考えるとき

考えたこと

幸せとはなにか、自分とはなにか。最近考えることがあったので書いておく。
綾瀬ちいさんの著書『「フツーに生きる」がなんでできないのかやっと気づいたから聞いて』を読んで、昔の自分を見てるようだと思った。言葉のシャワーを浴びるような質量だけど友人の話を聞くように手軽に読める一冊なので是非多くの人に読んでみてほしい。
彼女は今20代の中頃で、私もそのころ「どうして周りと同じようにできないのだろう」と思い悩み、新卒入社した会社で休職せざるをえなくなり苦しかった。
上司の指示をかみ砕いて具体的なアクションに落とし込むことが苦手であったり、周りのちょっとした変化に敏感で勝手に落ち込んだり…そんなことをしていたら不眠に苦しみ、挙句には食事を摂ることも億劫になり、朝の通勤電車に乗っている間はずっと胃がヒリヒリと焼けるように痛かった。疲れているのに、眠ることも食べることも大好きなのにそのどちらもができなくなり、適応障害やうつ病という診断がついて、最終的に休職することになった。これまでニュースやSNSで見てきた「うつ病」や「休職」を経験した人たちの話では会社に行こうとすると涙が止まらなくなるだとか最寄り駅で吐くだとか、そういうエピソードを聞いて自分も働くことを休みきっかけはそういうものだと思っていた。しかし実際は私はそのもっと手前で脆く崩れた。自分で思うよりずっとずっと、私は弱かった。

思えば社会人になる前から兆候はあった。
4年制の大学を5年かけて卒業しているのだが、それは留年や留学のためではなく休学したためだった。
端的に言えば勉強やバイトに精を出していた大学生モードと、就活をする社会人モードの両立ができなかったのだ。
というか就活って大学何年生から何を始めるのが良かったのか、いまだに正解が分からない。正直考えたくない。
大学の友人は公務員を志す人が多く、周囲が公務員試験に向けて予備校に通ったりするなか、私もそろそろ就職活動をしないとなー、今年の就活解禁は…と考えていたが、実際は就活解禁というニュースと同時に内定保持率が何パーセントだと報じられる。
え、就活解禁日って表向きはそう決まっているだけで、水面下ではみんな大学3年とかから活動していたの?と、その時に気付く。
(家族や親戚は、専門学校に通う→資格取得→学校の紹介で就職先も決まる、みたいなスタイルで社会人になるパターンが多く、四年制大学に通って自力で就職活動をしたモデルが身近にいなかったことも大きい)
更に面接では本音と建て前の使い分けも求められる。「弊社が第一志望ですか」と問われたら、本音はどうであれ第一志望だと応えなければならない。服装自由だと言われても実際はスーツで行くものだと言われるし、そもそも私はストッキングやパンプスを長時間身に着けることが苦手だった。
勉強も卒論視野に入れながら、バイトもして就職活動も…と考えだすと心が固まって、どうしたらいいか分からず、とにかく立ち止まりたかった。ゆっくり考える時間をくださいと懇願した。幼いころから自分の考えをまとめることに時間がかかり、家族で外食に行くと、だいたい私の注文が決まるのが最後だった。いつも誰かを待たせていた。とにかく一度ゆっくり考える時間が必要だと休学を選んだ。最短で大学を卒業して一旦アルバイトで食いつなぐだとか、「とりあえず就職すること」をゴールに設定して働きながら第二新卒の道を模索するだとか、そういった選択はせず、立ち止まることを選んだ。休学中も授業料ほどではないとはいえお金がかかるので、休学を許してくれた両親には感謝しかない。大学の卒業式で一緒に来てくれた母に「やっと卒業だね」と言われ、やっぱり私は多くの人を待たせて、心配ばかりさせている。ごめんなさい、ありがとう。

紆余曲折があって復学後の大学4年夏ごろに会社の内定が出た。この時の会社選びの観点は最終的に「苦手なことは避ける」、「新卒だから入れる未経験の業界」というところに着地した。どうしてもやりたい!という仕事もなく、でも営業職や接客業などのコミュニケーションが求められる仕事は辛い。あと、新卒入社を逃すと以降は経験者採用しか残されていない会社が多いことも知り、新卒という若さを買って、未経験でも教育からしてくれる体力のある大企業からキャリアを始めることにした。
この時の判断について、結果論ではあるが正しい道を選んだと考えている。正しい道を選ぶのではなく、選んだ道を正解にしていけるよう努力することが大事なのだと今は思う。
今は転職して他の会社にいるが、業界は新卒の頃から変わらない。今の会社は経験者の中途採用のみなので、新卒の頃の経験が活きている。転職時に重点を置いたポイントは「テレワークができる」、「社員数50~100名くらいの規模」だった。周りの環境に影響を受けやすいので自宅で落ち着いて仕事ができることはありがたいし、通勤時間が無くなる分有効活用できる。あと、一人暮らしは意外と在宅が必要な予定がある。ガスや水道、火災報知器の定期点検等、数分で済むが在宅必須なイベントが定期的にあるので働き方を柔軟に選びたかった。なお、フルリモートに憧れたこともあるのだが、今は出社と在宅を半々くらいで調整している。週5日完全にテレワークだと病むことに気付き、人の多いところが苦手という自覚はありつつも、多少はそういう刺激も自分には必要だと痛感した。
2つ目の「社員数50~100名くらいの規模」については、大企業勤務が影響している。会社の規模が大きいと自社で関われる人の範囲に限りがあり、帰属意識が薄かったし、現場で一緒に働いたことのない人に人事評価をされることにも不信感があった。小さな規模の会社に移ってからは、自分の評価をしてくれる部長クラスの人とずっと同じオフィスで仕事をしているし、自社社員全員と一度は顔を合わせたことがある状態で安心感がある。一番良かったと感じる点は、面接で社長と直接話したことだ。社長が必ず面接をするので、社長が「自分の会社の空気に合う」と判断した人だけが採用される。結果として、年齢や性別、これまでのキャリアが全く違う人でも、どこかでは通じる部分があるのだと実際に多くの社員と話して感じる。ありきたりな言葉だが、みんな優しいのだ。私が他の人より考える時間が長かったり、教わったことの咀嚼に時間がかかっても、一度も怒られたことはない。何回でも聞いていいからねと言われた時は泣きそうになった。体調不良で有給休暇を使った翌日は必ず体調は大丈夫かと声をかけられるし、全員が私を尊重してくれていると感じる。とにかく心理的安全が大きい。どうしてこんなに優しい人が多い組織なのかと考えたが、先輩たちの話をよく聞くと、学生時代に私でいう休学のように立ち止まった経験のある人が多い。留年してたんだよとか、フリーターしてたよとか、後輩の私にも話してくれる。とにかく仕事ができて知識が豊富で、優しい頼れる先輩たちは人の弱さを許すことのできる人達なのだ。

最初の話に戻るが、しあわせとはなにかと考えた時、私は「いま」だと答える。これまでの人生で今が一番幸せだと思うから。
会社という、自分のなかで大きな割合を占めるコミュニティにおいて心理的安全性が確保されていて、収入も一人暮らしできる程度にはある。そして趣味の旅行や美術館巡りに行ける金銭的余裕と時間的余裕もあって、私の心を潤してくれる。ここ1~2年で「人のためにお金を遣う」ことの喜びにも気付いた。親孝行に目覚め、両親が元気なうちに二人がやりたいと言うことをできるだけ一緒にしようと、沢山計画するようになった。
安全にお金を稼いで、それを自分と周りの嬉しいことのために遣うことができる。
それが今の私のしあわせだと思ったので、書き残しておく。

学生時代や休職期間中、ずっとうっすらと「消えたい」と思っていた。それは、自分で思い通りにできないことが多かったからだと思う。働かないで暮らしたいと願う時期もあったけど、働くことで得られる社会との繋がりと対価が私を人間にしてくれるから、働くことは続けていきたいと今は思う。
今の悩みは、「働く」の実現が会社員として組織に属することでしかできていないこと。会社には定年退職というものがあるから、会社という組織にいられなくなっても働く(社会と繋がる+お金を稼ぐ)道を模索しないと。このブログもその一助になったらいいなと思いながら、今日も書きながら思考をまとめる。

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