最近の人って、漫画はどんな時にどうやって読むんだろう。私が幼い頃は紙のコミックが主流だったので書店で漫画を買って読む。読み終わったら自室の本棚に置いておく。というスタイルだった。
大人になった今は昔に比べて毎週や毎月のようにアニメとか、週刊または月刊誌を追いかける熱量が無くなってしまい、たまに誰かがおすすめしていたり、書店で表紙やポップを見て気になった作品を思い出した時に読むようになった。
あとは悲しいことに実家を離れた今となっては、大きな本棚を置いておくスペースがなくて紙の漫画を管理する余裕がなくなってしまった。小物を入れる棚の一角にお気に入りの小説を置いておくスペースを確保するのが精一杯。かといって電子書籍にもなじめず、目が滑ってしまうので紙媒体での読書が主流だ。(余談:電子書籍は苦手だが、紙の本が絶版になっていて中古品の価格が高騰していても、電子書籍の販売は続いているケースがあってこれには大変助けられている。あとはマーカーやメモし放題なのも楽しくて嬉しい。)
紙の漫画を買っても管理できない、電子版にも馴染めない。そんな私の駆け込み寺が漫画喫茶である。
1-2カ月に1度、無性に「インプットがしたい!」「物語を浴びたい!!!」と心がジタバタすることがあるので、漫画喫茶に駆け込む。徒歩圏内に店舗がある場所に住んでいて良かった。今の物件を選ぶ時徒歩圏内にコメダ珈琲があることがポイントになったが、今後はここに漫画喫茶を加えたい。
夏は特に遠出や外での活動が億劫になってしまうので、漫画喫茶にお世話になることが多い。空調はばっちりだし、私の行く店舗にはドリンクバーもあって食べ物の持ち込みもできる。ソフトクリームの機械もあって食べ放題だから夏場の避暑にはもってこい。漫画だけじゃなくて雑誌類も置いてあるし、個室にはパソコンもあるから勉強や作業だってできる。有料で飲食可能な図書館みたいな場所という感覚。
以下に最近読んだ漫画の話を書いておく。
『アンサングシンデレラ 病院薬剤師 葵みどり』(著:荒井ママレ)
総合病院で働く女性薬剤師が主人公の話。働く女性を描くお仕事漫画から定期的にパワーを得たい人間なのだが、完結しているので後半は大事にゆっくり読ませていただいた。
タイトルにある「アンサング」(unsung)は「世に知られていない」「称賛されていない」「脚光を浴びていない」といった意味。たしかに月に1回は通院している身としても薬剤師という職業のイメージは縁の下の力持ちのような感覚。薬を渡してくれる人、というくらいの認識でしかなかった。それが実際は薬の組み合わせや生活習慣、遺伝的な患者の体質から病気の原因を探って治療方針を立てる場にいたり、災害ボランティアにも出向く。避難所での服薬の相談だけでなく、トイレの清掃など適切な衛生を保つための活動も防護服を身に着けて行う。想像よりもその仕事の範囲は広かった。本書を読みながら思い出した私のお薬処方エピソードも以下に書いておく。振り返ってみると結構あった。
・錠剤タイプの薬を半錠に砕いて1粒ずつ分包してくださることに感謝。分包機の話を漫画で読んだ時恐ろしく手間がかかっていることに驚いた。毎度処方箋を出すと「砕くお薬があるので、お時間かかりますがよろしいですか?」と親切に声掛けまでしてくれる。ところで薬の入っている袋を上手く開けられた試しがないのだが、コツはあるのだろうか。
・火傷をしたときはクリーム状の薬を複数混ぜて軟膏を用意してもらったこともある。完全に自分の不注意による火傷でパニックになったり落ち込んでいたので、丁寧に薬の使い方を説明されるだけで励まされた。肌とガーゼの間に貼っていた網目の細かい貼り薬が、なんだかすごく安心感があった。これ貼っておけば絶対よくなるやつじゃん!と思わせてくれる見た目をしていた。初めての火傷で、これってどこまで治るんだろうと不安で仕方なかったが、痕が残ることもなく綺麗に治った。適切な薬の処方と細胞の再生力に感謝している。
・メニエール病になった時処方されていた液体の飲み薬が、苦味を甘味で誤魔化しきれていないうがい薬みたいな味で、そこそこの量を1日3回飲むのに苦戦していた時「炭酸水で割ると飲みやすいですよ!」とアドバイスをくれた薬剤師さん、そんなお酒の飲み方みたいなとツボに入って笑ってしまった。メニエール病で一時的に聴力が落ちていて凹んでいた時期なので、笑わせてもらって救われた。今は元気になって再発もなく過ごしている。
・他の記事でも書いたが適応障害や鬱の経験があるので、いわゆる抗精神病薬と呼ばれる薬と長い付き合いの時、同じ薬を飲み続けていたので薬局の窓口で薬を受け取る時に「体調変わりありませんか?」と訊かれることが苦手だった。急に元気になる病気でもないし、目に見えて分かるような改善も悪化もしていなくて必死で現状維持をしているような暗闇にいた時期。けれどある時秋ごろに薬をもらいにいった時、「体調は変わりないです」と言ったら「それは良かったです!」と溌剌と返されて驚いたことがある。「寒くなってきて体調崩される方も多いので、変わりないのはすごいことですよ!お薬効いてますね!!」とのこと。目から鱗だった。たしかに急に良くなることのない病気だからこそ、悪化させないで、体調が上向く時を辛抱強く待てるようにすることも大切なのだと気付かされた。ありがとうございます。
ちょっと前の私は、少しでも体調に異変があるとすごく不安になって、すぐに病院に行くタイプだった。転職や引っ越しで身の回りの変化が大きい時期が、ちょうどコロナ禍と重なっており、なにもかもが不安でたまらない時期だった。引っ越したらかかりつけの病院探しからせねばならず、世の中は自粛・働き方の変革を求められる時期で、生き抜くことに必死だった。不安や疲労が蓄積した結果がメニエール病だったのだと思う。症状を悪化させないために「ストレスをためないで」と言われても、不調なことがそれだけでストレスだった。経験したことのない耳閉感と、ふわふわとしためまいが私を更に不安にさせて、悪循環だった。鬱もメニエール病も、症状がやわらぐことはあっても、完治(完全に病を消し去ること)は不可能と聞いた。再発の可能性をゼロにすることはできないのだと、それを最初に聞いた時は絶望的で、二次災害のようにそこから不整脈や息切れ、頭痛に悩まされた。どれだけ検査しても命に関わるような問題は見つからず、不安の強さや自律神経の不調によるものと言われる度に、逆になにかの病気であってくれと馬鹿なことを願ってしまうくらいには不安だった、
2-3年ほど自分の不調と向き合った結果、ちょっとした不調には揺らがないくらいに成長できた。
鬱もメニエール病も完治はできない代わりに、完全な再発と言わないまでもその手前の少し具合の悪い状態を自分の中で線引きすることで、体調を客観視できるようになった。寝込むほどではないけれど「鬱っぽいな」、「メニエールっぽいな」という中間の状態があると認識できるようになったのだ。体調にはグラデーションがあって、少し落ち込んだリ、めまいがすることがあっても、病気の手前の「それっぽい」状態なだけで、休めばそのうちよくなるから、以前ほど深刻に受け止めなくなった。
初めて火傷をした時、もう肌の色が戻らないのではないかと泣きたくなった。初めて自分の足で耳鼻科に行ってメニエール病だと言われた時、いつか耳が聞こえなくなってしまうのではないかと怖くなった。鬱になった時、もう二度と笑えないのではないのかと少しも希望を持てなかった。
しかし2026年の今、通院は続けながらも私は会社に属して働くことができている。また長期的に仕事を休まなければならないほどの不調に苦しむことがあるかもしれない。しかし元気な間に病の再発リスクが1%でも存在することと同じように、不調な時の私にも、再び元気になれる可能性が0.1%くらいはある。悪い可能性も良い可能性も0にはできなものと考えている。状況が変わるのは1年後かもしれないし、明日かもしれない。良くも悪くも「ずっと同じ」であることはできないから、だからこそほんのちょっとの希望でも御守りみたいに持っていたい。持っていることを忘れてしまっても、その存在までは無くならないはずだと、今の元気な私は信じている。
よく冬に具合が悪くなるので、元気のない私を「冬の私」と名付けよう。今の私は「初夏の私」とする。夏は暑くて苦手なので、ちょうど5月の今頃くらいの「初夏」とさせていただく。これは「初夏の私」から「冬の私」への御守りだ。


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