朝や夜、ベランダに出てひんやりとした空気を感じると嬉しくなる。
寒さに震えることも、暑さに辟易することもなく、きりっとした空気に目が覚めるような感覚は心地よい。
現在は5月。あとどのくらいの間この感覚を享受できるのだろうかと不安になる。梅雨に入るまではこの調子が続いてほしい。
小学生の頃、片道1時間以上をかけて徒歩で通学していた。小学校と中学校にエアコンはなく、夏場は窓を開けていた。
その頃は夏場は大体28度くらいが平均気温の感覚で、30度を超える日は特別暑いから注意しないと、という感覚だった。
ところが最近は、5月あたりから28度の日が出てくる。夏、早すぎないか。でも冬はちゃんと寒いから、季節の移り変わりのある国にいるのだと実感する。幼いころは四季の存在が当たり前だと思っていた。世界は広く、雪が降らない国もある。
今では私の通っていた中学校にはエアコンが設置されているらしく、母校の小学校は廃校になって、いくつかの学校が統合されて遠距離通学者が増えた影響か、スクールバス通学が普通だそうだ。今の夏の暑さでは、ランドセルを背負っての1時間登校(徒歩)はかなりの危険を伴うだろうし、教室の窓を開けたら熱風が吹き込んできてむしろ暑いだろう。
山奥にある両親の実家に行った際は、エアコンの無い畳敷きの部屋で、大の字になって寝っ転がってぼーっとしていた。山の中という環境のおかげか、暑いと感じたことはない。今同じことをしたらどうなのだろうと確かめたくても、祖父母は4人とも他界していて、山奥の家はいずれも残っていない。寂しいが仕方ない。
今は都内のマンションに帰るとむわっとした空気が既に満ち始めていて、もう夏がきてしまうのかとソワソワする。夏と冬、どちらが好きかと問われたら冬と答える。寒さは着込んだりカイロを使えば凌げるが、夏はもうエアコンの冷却機能でしか対応できないと感じるので苦手だ。ハンディファンやアイスリングも年々進化していると思うが、通勤で10数分歩くだけでかなり消耗する。30度程度の気温に身体を慣らすことはできても四捨五入したら40度という気温では、「冷えた場所にとどまる」しか対処法がない。日差しが強いことの影響も大きいと思う。気温が高いだけで、紫外線がそれほどでもなければもう少し活動の幅は広がるかもしれない。あとは風が涼しければありがたい。もっと緑が増えれば変わるのだろうか。
今の小学生や中学生は夏休みをどうやって過ごしているのだろう。
10数年前と変わらず、海やプールにいったり、図書館で宿題と格闘したりするのだろうか。朝から自転車で近所の公園に行って、夕方のチャイムが鳴るまで友達と遊んだりお喋りしたりするのだろうか。私の夏休みの過ごし方はこんな感じだった。地元で一番大きな公園の中にプールも図書館もあって全て無料で使用できたので、友人と一日中このどれかにいた。特に小学生の頃はよく図書館にお世話になっていた。中学生になると部活動があるので、長期休暇中も学校にいた日が多かったが、それでも図書館には行っていた気がする。小さな街に住んでいたので、自転車があれば娯楽施設(先述の大きな公園・プール・図書館以外だと、書店かコンビニくらい。ゲームセンターやカラオケ、学生でも長居できるカフェは無かった)にアクセスできたことも大きい。あと、幸か不幸かスマートフォンも普及していなかったので、手のひらで完結する娯楽も少なかったから外に出ていたのかもしれない。小学校高学年あたりで任天堂からDSが出たが、それで遊ぶ時もなぜか公園とかの外で友人と一緒に遊んでいた。インターネットに浸りたければ自宅にあるパソコンでひたすらニコニコ動画にあるゲーム実況動画やボカロ楽曲を見聞きしていた。高校に上がると学校主催の夏期講習のような授業にあってほとんど遊んだ記憶がないので、「夏に遊んだ思い出」から高校以降は除外する。
たとえば学生時代の夏休みに「暑いから外に長時間いてはダメ」と言われたら、私はやはり図書館に行くだろう。プールは半屋外というか、天井が簡易的なテントのような構造だったので避けるかもしれない。図書館なら本を読む以外にも宿題ができるし、ノートに妄想した物語を書いたり、イラストを描くこともできる。あとは家で両親のパソコンを拝借してニコニコ動画をひたすら観ているか、近所のレンタルショップで1本100円でレンタルできる旧作アニメ(できれば長編シリーズがよい)を一気見しているだろう。8本借りても800円+税なので、母も快くお金を出してくれてありがたかった。昔は飽きもせず、何十話もある長編アニメをずっと観ていた。やはりスマートフォンやSNSがそれほど普及していなかったことも大きいかもしれない。娯楽の少ない小さな街にいて、読書やアニメの好きな家族のもとで育ち、「一つのことにじっと集中すること」がそれほど難しくない環境にいた。ただそれだけのことなのかもしれない。
年々夏の暑さが厳しくなるなか、今住んでいるマンションではよくエアコンが壊れる。ついていない。そんな時は実家か、近所の漫画喫茶に避難する。木造2階建ての実家は、マンションの高層階に比べればずっと涼しい。漫画喫茶では気になっていた作品を端から黙々と読んでいく。これまで漫画喫茶は鍵付きの個室にこだわっていたが、椅子と机が仕切りと一緒に並んだオープンスペースのほうが本棚もドリンクバーも近くて便利なことに気付いた。あと、個室よりも価格が安い。仕切りで区切られた机の並びは、図書館や学校の自習室を想起させ、実際に勉強している人も見かけて、漫画喫茶という場所の使い方はその名称よりも幅広いのだと感じた。
実家で広い部屋に寝っ転がって天井を見上げると、小さい頃に父が貼ってくれた蓄光性の星柄の壁紙が見えて、大きく開けた窓から風で木々の揺れる音が聞こえてくる。目を瞑ると母方の祖父母の家で寝っ転がっていたころを思い出す。
漫画喫茶のオープンスペースで漫画を読んでいる時、図書館で様々な本を読み漁っていた小学生時代を思い出す。「読書マラソン」と称して読んだ本のページ数を記録する課題があり、児童文学から神話まで気になった本を片っ端から読んでいた。今の私も、掲載誌の種類やジャンルに関係なく、SNSでの宣伝が気になった作品や、アニメやドラマを観て面白かった作品の原作漫画など、気になったものから手にとって読んでいる。
今と昔で夏の状況は変わったが、私の過ごし方は根本的なところでは変わっていないのかもしれない。「夏休みなんだから家にいないで外で遊んできなさい」と強いることなく、漫画や小説など形態は問わず「書かれたものを読むこと」を苦に思わないよう育ててくれた両親には感謝している。
今年もいよいよ夏がやってくる。



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