眠れない夜と朝の話

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パソコンもスマフォもガラケーも無かった頃の人たちは、夜眠れない時はどうしていたのだろう。
深夜に目覚めて寝付けない時、どうしてもスマフォを触ってしまう。おやすみモードという、画面表示がモノクロになったりアプリの通知が制限されるようにはしているが、ついSNSやYouTubeを見てしまう。ショート動画を見始めて1時間経ってしまって後悔する。おまけに更に眠れなくなる。辛い。今の時期だと4時くらいで空が明るくなってくるから、朝の実感がすごい。実家にいた頃は新聞配達のバイクの音に絶望していた。日中の予定が重くなければ諦めて起き上がってしまったりするけど、平日は仕事があるからそうもいかない。特に出社が必要な時は。
少し前に朝4時くらいに起きなければならない日に2時頃に目覚めてしまいショックだった。飛行機に乗る予定があり絶対に寝坊したくなかったので、起きていることにした。
その時も「昔の人は眠れない時はどうしていたのか」と気になって調べたら「月光浴」という言葉を見つけた。日光浴とは反対に、月明りを浴びることらしい。それで眠れるかは分からなかったが、その日は月が綺麗に出ていたのでたまには月明りを見るのも風流か、と思い立って近所のコンビニまで歩いてみることにした。安全面への考慮は必要だが、深夜に出歩くという選択肢がある環境に感謝だ。
周囲に高い建物が多く、地元よりも月を見つけることに苦労するが、初めての体験でワクワクした。結果として月光浴をしたから眠れたというわけではないのだが、楽しかったので良しとする。途中新聞の配達員に二度見されたが。
インターネットが今ほど発達していなかった頃の人たちも、深夜に出歩いたりしたのだろうか。外を歩かずとも、月を見上げたりしたのだろうか。もっと自然の流れと人体の仕組みに従って、明るい時に活動して、暗くなったら休むというサイクルが上手く回っていたのだろうか。テクノロジーの進化によって暮らしは便利になったはずなのに、同時に自制心も必要で、苦しんでいる側面もある。時代レベルで遡らずとも、ノートパソコンも携帯電話も自由に使える環境でなかった幼少期は、不眠なんて知らなかった。夜中に目が覚めてもまたすぐに眠れていた。大人になるとストレスも増えるし、睡眠時間のコントロールも外的要因で工夫が必要になるし、自分以外のために時間を使う必要が出てきたりして、上手く眠れなくなる。プラスな言い方をすれば、自分の意思で「眠らない」「起きていよう」という決定ができるようになった。
目覚ましを設定した時間より少し早く目が覚めてしまい、二度寝できなくはないが「今寝たら寝坊する」という確信(よく当たる)がある時は起きていることにしている。その時間は気になっていた映像コンテンツを観たり本を読んだり、ゲームをする。こんな朝の過ごし方を自戒を込めて「クズの朝活」と呼んでいるのだが、最近この朝活も楽しく感じてしまうこともあるので、睡眠の悩みは尽きない。便利さゆえの不自由だ。悩ましい。

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