海岸で見上げた窓、信号待ちで見上げる窓

1月を終え、少しほっとしている。

12月中旬から1月中、殊更に体調が悪くて疲弊していた。2月になって、気持ちも切り替わったのか、今のところ先月よりは体調が良い。

けれども、まだ寒いと思うし、特に夜は冷える。朝の布団から出られないあの寒さとも違う。冷えて冷えて、底まで冷えて、早く帰りたいような、その場にうずくまってどこにも行きたくなくなるようなあの感覚。夜という時間帯も関係しているのか。昼間働いている身としては、電池切れに近いあの時間帯。

自宅マンションは十数階建てで、その最上階に住んでいる。実家を出て初めて借りた家は2階建ての1階で、階上の物音が気になってしまったから、次に住む家は必ず最上階に使用と決めて、今のマンションを選んだ。

寒い寒いと震えながら足早に最寄り駅からマンションに向かって歩いていると、最後の総仕上げみたいな場所に大きな交差点があって、そこの信号待ちにぶつかるとぽっかりと時間が空く。帰りの電車で散々みたスマホも見る気になれず、夜の信号待ちの時は、決まってマンションの自分の部屋の窓を見上げる。

最上階を選んだおかげで、自分の部屋は見つけやすい。私が帰る時間帯には周りの部屋の電気が点いていることが多くて、各部屋のカーテンの隙間が明るい。高層階だとカーテンを閉めていない部屋もある。ほとんど面識のない人たちと同じ建物で暮らしている不思議。

こうして地上から高いところにある窓を見上げていると、思い出すことがある。昔、こんな風に海辺から宿泊先のホテルの窓を見上げていたことがあった。

私が小学生の頃、毎年海の日に「海に行く」という家族旅行が決まり事のようにあった。両親がどういう考えで恒例としていたか知らないが、物心つく頃には夏休みに泊まりがけで海水浴に行くことが決まっていた。

海に行って何をするかといえば、とにかく一日中泳いでいた。ドーナツ型の浮き輪で波に揺られてみたり、シャチを模した大きなバルーンのようなものに乗ってみたり。夜になったら日焼けした箇所がヒリヒリとするくらい、太陽の下にいて、海で泳いだり浮かんだりしていた。今だったら飽きる以前に体力が尽きて早々に引き上げているだろう。

日中泳ぎ回った後でも、小学生の体力は凄まじくて、ぐっすり寝たら翌朝も6時とか7時にはいつも目が覚めていた。筋肉痛とかも特になかったと思う。そうして早起きした朝は、母と姉と、朝方の浜辺を散歩した。宿泊先も両親がどのように選んでいたか知らないが、いつも海辺だった気がする。

散歩をしていると姉か私か、「私たちの部屋はどこだろう」とホテルを見上げて言う。すると大体すぐ見つかる。ベランダに、父の海水浴用の水着が干してあるから。いつも「あそこだよ」と母と指差しながら浜辺を歩いていた。海無し県で生まれ育ったせいか、海は珍しくて、海辺の記憶は印象的だったりする。

2月。冬の夜空の下、高層階の窓を見上げながら、夏の日の朝に見上げた窓を思い出す。寂しさは無くて、あんなこともあったなあという気持ちと、今は1人分の大事な場所を私は自分のために獲得できたんだと、感慨深くなる気持ちがある。昔に戻りたいとか、未来の方が大事だとかの優劣の話ではなく、過去の思い出も今の気持ちもどちらも等しく大切に思ったという話。春が待ち遠しい。

コメント

タイトルとURLをコピーしました